植松聖 死刑判決 父親 母親 整形 | エンジョイトレンディ

【相模原殺傷事件】植松聖の父親は〇〇母親も〇〇!事件直前の整形前の顔がこちらw

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相模原事件の裏側がこちらwww

 

植松容疑者 4年前から育っていた心の闇、両親も止められず
女性自身 2016年08月03日 06:00 JST
「聖くんの事件を言うなら、究極の弱い者いじめだよね。以前、隣同士でトラブルがあっても、聖くんは私のようなうるさいオヤジには『すみません』を連発するだけ。まったく抵抗しないんです。強い者には従う、そういう意味では、彼自身が弱い子に見えるんです、私には」と話すのは、植松聖容疑者(26)の隣人男性だ。
神奈川県相模原市内の障がい者施設『津久井やまゆり園』で26日に起きた殺傷事件。19名が死亡し、26人が負傷する戦後最悪の大量殺人となった。犯人の元施設の従業員、植松容疑者は衆議院議長あてに《私の目標は重複障害者の方が家庭内での生活、及び社会的活動が極めて困難な場合、保護者の同意を得て安楽死できる世界です》と記した手紙を届けていた。歪んだ考えが漏れ伝えられる植松容疑者の凶行。事件はなぜ起きたのか――。取材を進めると、植松容疑者は父親を尊敬していたという近所の主婦の話が聞けた。
「真面目な普通の子でした。お父さんも小学校の図工の先生でいい方。子供会とか行事には率先して出てくれて、子供たちの面倒を見てくれていました。そういうお父さんって息子にしたら自慢でしょ。かっこよく見えていたと思います。お父さんのことをうれしそうに見てたもの」
高校生になっても植松容疑者は父親の背中を追っていたと高校時代に知り合った地元の友人は話す。
「サトはすごく明るいやつで話も上手。誰とでも仲良くなれる性格でした。将来は教師になりたいと言っていました。家に遊びに行ったとき、ピカソのような絵が飾ってあって、『お父さんが描いたんだ』とうれしそうに話していました」
しかし父のように教師になりたいと帝京大学に進学すると、植松容疑者に“変化”が現れるようになる。

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